小川三知のステンドグラス

image

小川三知

小川三知(1867-1928)は、戦前に多くのステンドグラス作品を遺した、日本人初のステンドグラス作家と言える人物。世に知られた日本人のステンドグラス作家としては、業界内外問わず、おそらく最も有名な人物だろう。


彼は家業の医者を継ぐべく第一高等中学校(現東京大学)へ入学するが、絵画への憧れがどうしても捨て切れず、家督を弟に譲ってまで、退学して東京美術学校(現東京芸術大学)の日本画科へ入学し、日本画を学んだ。


卒業後、山梨や神戸で教職に就きながら日本画の腕を磨き、そして33歳の時、シカゴ美術学院の日本画教師として単身アメリカへ渡ったのであった。


アメリカでは日本画教師の仕事がうまくいかなかったり、他の様々な仕事でやっと飢えを凌いだりと大変であったようだが、そこでステンドグラスとの運命とも言える出会いを果たしたのである。このとき三知は37歳になっていた。


三知はそれから7年間もの間、アメリカ各地の工房を渡り歩きながらアメリカ式ステンドグラスの技術を貪欲に学んだ。そして満を持して、帰国。再び日本の大地を踏むのであった。なお、カッパーフォイルを用いたアメリカ方式(ティファニー方式)のステンドグラス技術は、三知が初めて日本に伝えたと言われている。

image


帰国後、三知は、代々木に工房を構えての記念すべき第一作目となる日本メソジスト教会銀座教会のステンドグラスを皮切りに、慶応大学図書館、鳩山会館(旧鳩山一郎邸)、安藤記念教会など、数々の名作を生み出していった。


小川三知は、日本画家として学んだ基礎にセンスが加わり、説得力のある構図、メリハリ・強弱のある色使い、抜群のガラス選びも相まって、独自のスタイルを確立している。それが、長い時を経ても、人々に愛される理由だろう。


彼が日本で活躍したのは、戦前の20年にも満たない期間。その間に、各地に数々の作品を遺したと思われるが、関東大震災や戦争、戦後の月日を経て、現在に残っているものはごく一部と言われている。


その中から、幾つかの作品を以下にご紹介する。


小川三知 - Wikipedia





鳩山会館

image

鳩山会館では、様々なスタイルの小川三知の作品を見ることができる。これは、三知にしては珍しい、絵付けのステンドグラス。



image

黒い線をケイムの線と一体化させて見せることにより、より自然に見せることに成功している。



image

階段の踊り場にあるステンドグラス。



image

これも絵付けが施されている。瓦や建物の細部がそうだ。



image



image



image

戦前にもこんなに綺麗なガラスがあったんだなと。ココモだろうか。



image

建物の玄関上にあるステンド。ガラス使いが上手い。キラキラと輝かせたい箇所のすぐ側に暗いガラスをもってくることにより、その対比でより輝きを増すように考えられている。



image



image



image







黒沢ビル

image

上野にあるこの建物は、知る人ぞ知る建物。入り口にいきなりこのステンドがドーンと。



image



image

少し進むとまたステンドが上に。



image



image

ここからは、普段はあまり見ることのできない応接室のステンドグラス。



image



image



image



image



image



image



image

天井の照明。このステンドはコパーで組まれているが...。三知じゃないような気もする。



image

アンティーク張りに綺麗なガラス達。



三知のステンドはやはりデザインが良い。特に、抽象化のセンスや不自然に見えないガラスの割りは特筆すべきだ。





小笠原伯爵邸

image

小笠原伯爵邸のステンドグラス。



image



image

ロサンジュの一部、しかも中央の下に三角に寄せて抽象化された花々をデザインする、という発想が素晴らしい。



image

ガラスも、適度に透けるものを使い、そして、パステルトーンで統一された色使い。センスが秀逸。



image



image







最後に1枚だけ別の建物のモノを。


image

これは、国立科学博物館の階段壁面にあるもの。小川三知の作品とされてはいるが、三知の亡くなった後に完成したものであるため、実際にどれだけ関わったかは定かでない。


大胆な線とビビッドな色使いでインパクトがあるのは良いが、三知っぽさは全くない。






今回紹介したものは、小川三知が遺したステンドグラスのうち、ごく一部、東京の23区内で見られるものだけだ。これら以外に、有名どころとしては、青森の旧宮越正治邸、東京都港区の安藤記念教会、京都の柊家旅館、大分の聴潮閣(旧高橋欽哉別邸)、鹿児島の岩元邸などがある。


日本で一番有名なステンドグラス作家とは言え、所詮は狭い世界での話。Webには詳しい情報や綺麗な写真は殆ど存在しない。そこで、以下の書籍をご紹介する。


日本のステンドグラス 小川三知の世界


小川三知の作品を作品を詳しく知るためには一番の書籍だろう。写真が多く、見応えがある。大きな書店に行けば置いてあるので、是非、一読をオススメする。



関連する記事 - Related Post

東京メトロ副都心線のステンドグラス

東京メトロ副都心線 東京メトロ副都心線は、池袋・新宿・渋谷の三大副都心を縦断する東京の地下鉄。2008年に全線が開通して以来、年々利用者が増加している。ラインカラーは「ブラウン」。 その、渋谷~...…
続きを読む

ゲオルグ・マイスターマン

ゲオルグ・マイスターマン ゲオルグ・マイスターマン(Georg Meistermann 1911‐1990)は、20世紀を通して精力的に活動した、ドイツ人のステンドグラス作家。ドイツの現代ステンドグラスを...…
続きを読む

ルートヴィッヒ・シャフラット

ルードヴィッヒ・シャフラット ルードヴィッヒ・シャフラット(Ludwig Schaffrath 1924-2011)は、ドイツ人のステンドグラス作家で、シュライターらと並んで現代ステンドグラスの第一人者と...…
続きを読む

ヨハン・トルン・プリッカーのステンドグラス

ヨハン・トルン・プリッカー Johan Thorn Prikker(ヨハン・トルン・プリッカー 1868-1932)は、19世紀から20世紀にかけて活動したアーティストで、専らオランダ象徴派の画家として知...…
続きを読む

シュライター 02

ガラス決め 前回までで、シュライター風ステンドグラスの線と色まで決まっている。 今回から制作に入るが、先ずは具体的なガラスを決めていきたい。 Wissmach Ha...…
続きを読む

シュライター 01

ヨハネス・シュライター ヨハネス・シュライター(Johannes Schreiter、1930~)は、ドイツ人のステンドグラス作家で、世界的に有名な人物。彼を現役No.1のステンドグラス作家と見なす人...…
続きを読む

フランク・ロイド・ライトのステンドグラスについての考察

建築家フランク・ロイド・ライト 本題であるステンドグラスの考察の前に、先ずは彼の建築家としての位置付けとその生涯を、簡単に記す。 フランク・ロイド・ライト(Frank Lloyd Wri...…
続きを読む

 3 件のコメント

  1. 名前:海野 裕文 : 投稿日:2018/06/11(月) 07:00:13 ID:U2MTE1OTc

    はじめまして、海野と申します。
     
    ステンドグラスを教室で習い始めて5年が経ちます。
    最初は造る事が楽しくて始めたのですが、すっかりガラスに魅せられてしまい、最近では作品を鑑賞に回るようになりました。
     
    いつも参考にさせていただいています。
    ありがとうございます。
     
    三知の出身地・静岡は自分の住んでいる所からも近いので特に作品には思い入れがあります。
     
    また何か良い情報等がありましたら、お知らせ下さい。

  2. 名前:kyukon-stained-glass : 投稿日:2018/06/11(月) 19:02:41 ID:E3MjgxODk

    海野さん
    はじめまして、コメントありがとうございます。
     
    私も作品を見て回るのは好きで、以前は良く出かけていました。
    ただ、東京近辺は行き尽くした感があるので、最近はめっきりです。
     
    海野さんの書かれたブログを拝見しました。
    鳩山会館の五重塔の、ガラスを2枚重ねているお話が、特に興味深かったです。
    私は気付かなかったですね…。
    アップの写真があったので、上に一枚追加しました。確かに2重になってますね。
     
    私はステンドグラスを始めて5年にも満たない若輩ですが、
    今後とも、よろしくお願いいたします。

  3. 名前:海野 裕文 : 投稿日:2018/06/11(月) 19:46:29 ID:U2MTE1OTc

    お返事ありがとうございます。
    こちらこそ、よろしくお願いします。
     
    他のお薦めのステンドグラスも観に行ってみようと思います。
    参考にさせて頂きますね。

 Comment

メールアドレスが公開されることはありません。