グラスフュージング・プロローグ - 遺志を継ぐもの

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電気窯がやってきた

電気窯(電気炉、キルンとも)を使えば、ガラスに熱を加えて変形させることができる。ガラス用としては、パラゴンやシロタといったメーカーのものが有名だが、うちにやってきたのは特注のもの。


この窯は元々、故今野満利子先生がご自身のアトリエで使われていたもので、訳あって私が引き継いで使わせて頂だけることになった。


今野先生は、かつて渋谷にあったステンドグラスアートスクールで長年教えられていた有名な先生。何冊か本も書かれている。


アンティークガラスに絵付けを施した先生のステンドグラス作品は、先ず真っ先に感じるのが色使いの上手さ。そして、繰り返される細かい幾何学模様とアンティーグガラスの温かみの折衷。 そこに絵付けやアッシドエッチングが加わり、独特の世界観が醸し出されていた。


自分が抱いたそのような感想は、拝見した数少ない実物のパネルを見た上でのものに過ぎない。長く作品を作り続けられていた方なので、きっと色々な作風を経ているのだろう。


その作品が、もっと広く世に知られても良い方だったと思っている。


絵付けで使われていたであろうこの電気窯は、温度調整を手動のON/OFFで行うようになっていた。だが、自分はとりあえずフュージングがしたかったので、これにプログラムコントローラー(自動温度制御装置、通称プロコン)を付け、フュージングができるようにした。


フュージング(fuging)とは、ガラスに熱を加えて、ガラス同士を融着させたりする技法で、きちんとした物を作るには、長時間にわたって窯の中の温度を細かく制御する必要がある。そのため、フュージングにはこのプロコンがほぼ必須なのだ。 絵付けは、比較的低温で塗料を定着させるだけなので、プロコンが無くても何とかなっていたのだろう。私はやったことがないので詳しくはないが...。


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そんなことからも分かる通り、フュージングは電気窯というテクノロジーが登場してから本格的に花開いたガラス加工技術であり、歴史も浅く、可能性が広く開けている様に思う。ずっと前から疑問に思っていたが、ステンドグラスとフュージングを組み合わせた作品を、なぜか殆ど見たことがない。


プロコンは、葛籠屋工房の加藤眞理さんに紹介して頂いた、がらすやの白井末好さんにお願いして付けて頂いた。


200Vの電圧で動くので、普通の家庭用コンセントでは使用できず、専用のものが必要になる。200Vには単相と三相の2種類があり、三相は「動力」として知られている。この窯で使われるのは単相の方で、モーターを動かすのではなく、こういったニクロム線で熱を発生させるような使い方は、単相の方が良いらしい。


かかった費用は、運送費・プロコンの取付・設定、200Vの電源工事等で、10数万ほど。


フュージングは、何度まで窯の温度を上げて窯のどの位置で焼くかによって溶け具合が全く出来が違う。そのため、先ずは何度かテストを繰り返し、窯の特性を把握することから始めていくことになる。


電気窯のスペック

外寸 縦650mm、横650mm、高さ780mm
内寸 縦390mm、横390mm、高さ350mm ※ニクロム線含まず
重量 おそらく100kg以上(未計測)大人2人で持ち上げることは可能。
電源・電気容量・消費電力 単相200V 19A 3.8kW
最高温度 830℃(プロコンの設定)
最高温度までの到達時間 フルパワーで約3時間
付属品 棚板(352×352×15mm、6枚)、キルンポスト6セット
プログラムコントローラー TTM-339東邦電子)

ボックスの大きさ:縦300mm、横300mm、奥行210mm

パターン最大15、ステップ最大99登録可能。液晶表示

パソコンにつなげば、設定値の変更やデータ取集が可能

その他、オート/マニュアル切り替え、ウェイト機能など


窯の手前についている、プロコンが入ったボックスはもとからあったもの。手動で制御する装置として壁に設置されていた。その中身を取り出して計器を外し、そこにプロコンや関連部品、クーラーが取り付けられている。


プロコンは精密な電子機器なので、パソコンと同じように熱に弱い。だが、電気窯は外側でさえも200℃以上の高温になる。その高温から回路を守る役割を、クーラーが担っている。外国製の電気窯にはクーラーがついていないものもあり、それが故障の原因になることがり多いと聞く。その点の対策がされているので、安心だ。

この電気窯でできること、フュージングの可能性

技法 可否 説明・コメント
フュージング ガラスを溶かして融着させる。
スランピング 用意した型に沿ってガラスを変形させる。
サギング 型に沿わせず、穴に溶けたガラスを落とし込んでガラスを変形させる。
絵付け 専用の塗料で絵や図柄などを描き、熱して定着させる。
キャスティング 用意した型に溶けたガラスを流し込んで成型する。
パート・ド・ヴェール ガラスのペーストを型に詰めて焼成する。温度が足らないかもしれない。
陶芸 × 粘度を焼いて器などを作る。素焼きは出来そうだが、本焼きには温度が足らない。
料理(ピザなど) × 機能的には可能だが、有害物質が舞う可能性がある。食べ物は全般的に無理だと考えた方が無難。


フュージングでしかできないこと、フュージングが得意とすることは何なのだろうか。吹きガラスやキャスティング(型に溶けたガラスを流し込む技法)では決してできない表現とは。


ただくっつけるだけならば、接着剤でもできる。ただ特定の形のものを作るだけなら、他にも方法はあるだろう...。


今の時点で思うのは、細やかな細工をともなった、ガラス同士の融着。溶けて液体になったガラスが重力に従って自力で変形する様をみせることなのではないか、ということ。


フュージングで溶かしたガラスは、下の面は台紙に接するのでザラザラするが、上の面はファイヤーポリッシュで非常に滑らかな仕上がりとなる。


それがまるで液体のようで、とても美しいのだ。


ガラスを溶かす前に、溶けたらどうなるかを想像し、設計し、セッティングをして焼く、ガラスが思うとおりに溶けてくれたら、成功、そうでなければ失敗。新しい視点が必要になる。


形作る作業はガラスが勝手に自分で行ってくれるので、ステンドグラスのように沢山の工程を経て作り上げるという手間は掛からない。ただ、失敗するとすべてがパーなこともあるだろう。溶けたガラスは元には戻らない。


フュージングで、できること、できそうなこと、やってみたいこと。


●平面・・・ステンドグラスで使うパーツ。ガラスの表札など。

●立体・・・うつわや、その他、何らかの造形物。

●サンドブラストでザラついた表面にファイヤーポリッシュを施す。

●ステンドグラスで使うような2mm~4mm厚の板ガラスを作る。


扱うガラスがソーダ石灰ガラスなので、耐熱性がなく、お湯を注げば割れる可能性があるので、湯呑みなどは作れないと思われる。ちょっとした器として使うなら、耐熱性は考えなくて良いかもしれない。その辺の可能性は追々探っていきたい。


試し焼き

本当に焼けるのか?


とりあえずその辺のガラスを適当に並べて焼いてみた。プロコンの動作確認も踏まえて。


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焼成前


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焼成後


780℃で30分キープ。棚板とガラスの間には、ファイバーペーパーを敷いている。ブルズアイとウロボロスは流石の透明感。ココモ、ウィズマーク、ヤカゲニーは大いに失透。モレッティは、モレッティのくせに失透...。


ヤカゲニーのリップル赤(900RIP)が真っ黄色になったのは衝撃だった。ランバーツの着せガラスは着せの部分が剥がれて破片が飛び散っていた。デサーグは全然溶けていない。


焼けるは焼けた。ブレーカーが落ちることもなく。窯の周辺が結構臭い。何らかのガスが発生している。暑くはない。始めたばかりなので、この1回の焼成だけでも分かることが沢山ある。これからこの1回1回を積み重ねていく。


今後

以前勤めていた会社で、フュージングを担当していたことがある。その時に、枚数で言えば何千枚も焼いたと思う。


ただ、その時は大して何も考えてなかった。制作手順も温度も全て決められていた。ガラスをカットしてデザイン通りに配置し、窯に入れてスイッチを押すだけ。フュージングにどんな可能性があるのか、温度が変わるとどうなるか、などは、何も思わなかった。


時間に追われて神経がそこに向いていなかったから。アイデアが浮かんでくることもなかったし、例え、浮かんできても、試すことはなかっただろう。


人間、いかに環境が大事かと、つくづく思う。環境で思考の自由度が決まり、それが行動になり、結果が出る。制約の多い環境では、楽しむこともできず、何も生まれてこない。


今、この環境では、楽しめる余地がある。この勝手に人知れず受け継がせて頂いた窯で、色々試してみたいと思っている。


以上。







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