ゴシック期の建築とステンドグラス
ステンドグラスの黄金時代は、中世ヨーロッパのゴシック期である。従って、この時代の最高傑作は、ある意味、全ステンドグラスの中での最高傑作とも言える。吹きガラス手法の確立と建築技術の発達、そこにキリスト教文化の潮目が重なりステンドグラス文化が一気に花開いた、奇跡の時代なのだ。
当時に入れられたステンドグラスには、ほぼ全てにキリスト教の物語が描かれている。それは、ラテン語で書かれた聖書を読めないキリスト教信者の心に直接語りかけるものであると同時に、最先端のテクノロジーであり表現手段でもあった。
今回はそんなステンドグラスの入ったゴシック建築の中から、10の建物を選んでご紹介する。選考基準は以下のようなものだが、前提として個人の好みが多分に入っている。
ステンドグラスの美しさ、手の込み具合、量
ゴシック期当時のステンドグラスがどの程度残っているか
世間の評価、特殊性、見に行きたいと思えるか
01.サント・シャペルフランス・パリ
( Sainte-Chapelle )
ルイ9世が1248年に完成させた王室礼拝堂で、そこに入ったテンドグラスはゴシック最盛期の頂点とも言われる。サント・シャペルは直訳すると、「聖なる礼拝堂」。
壁面の約3分の2を覆う高さ15mの15枚の巨大なステンドグラス窓には1,113の聖書の場面が描かれ、青と赤を基調とした色彩が神秘的な空間を作り出している。そのほとんどが13世紀のオリジナルであり、悠久の時を経て輝き続けるさまは、奇跡としか言いようがない。
晴れた日に訪れると色とりどりの光が床に映り込み、天国にいるような錯覚を覚える。世界遺産（パリのセーヌ河岸として）。
動画で見ると、より素晴らしさが伝わってくる。
02.シャルトル大聖堂フランス・シャルトル
( Cathédrale Notre-Dame de Chartres )
「シャルトル・ブルー」と呼ばれる深く神秘的な青色ガラスで世界にその名を知られる、ステンドグラスの聖地。2,600㎡を超えるステンドグラスの大半が、フランス革命や2度の大戦による破壊を奇跡的に免れ、中世当時のまま現存する。正式名称は、「シャルトルのノートル＝ダム大聖堂」
聖書の物語だけでなく、当時の窓を寄進したギルド（同業者組合）の職人たちの姿も描かれており、「中世の百科事典」とも呼ばれている。建築・彫刻・ガラスが一体となった“完全なゴシック芸術”として世界遺産にも登録されている。
「美しきガラス絵の聖母」
様々な人の姿が描かれている。
03.ヨーク・ミンスターイギリス・ヨーク
( York Minster )
イギリス最大のゴシック大聖堂。その多くが中世のオリジナルのまま残っている。
14世紀に制作された「グレート・イースト・ウィンドウ」は世界最大級の中世ステンドグラスで、テニスコート大の大きさの上に創世記から黙示録までを壮大に描いている。また、北翼廊にある13世紀の「五人姉妹の窓」は、人物像を用いない幾何学模様（グリザイユ）の窓として有名である。
幾度もの損傷と修復を経て今も輝くその光景はイギリス教会芸術の誇りであり、また、12世紀から16世紀まで各時代のステンドグラスが揃っているため、技術の進化を一度に見ることができる。
「The chapter house」
「The west window」
「The Five Sisters window」
「The Great East Window」
「The Great East Window」の一部分
04.ブールジュ大聖堂フランス・ブールジュ
( Cathédrale Saint-Étienne de Bourges )
シャルトルと並び称される初期ゴシックの傑作で、内部は荘厳でありながら均整が美しい。正式名称は「ブールジュのサン＝テチエンヌ大聖堂」。13世紀初頭の完成。
シャルトル同様、ステンドグラスは旧約・新約・聖人伝を緻密に描くだけでなく、職人ギルドのシーンも独特の絵柄で表現している。原ガラスの保存状態も良好。世界遺産。
05.ケルン大聖堂ドイツ・ケルン
( Kölner Dom )
13世紀に着工、完成まで600年を要したドイツ・ゴシックの象徴。高さ157メートルの双塔が圧倒的な存在感を示し、世界最大のコシック建築として名高い。
13世紀～16世紀のステンドグラスが数多く残るほか、現代作家ゲルハルト・リヒターによる抽象的な窓も有名。600年間の様々な時代のステンドグラスが混在しているのが大きな特徴。
中世と現代が交差する希少な空間で、“光の歴史”そのものを体験できる。個人的に行ってみたいゴシック建築のNo.1。世界遺産。
ケルン大聖堂の窓（ステンドグラス）-Wikipedia（ドイツ語）
1330年頃に制作されたステンドグラス
（聖シルウェステル1世とスポレートの聖グレゴリウスの窓）
1847年頃に制作されたステンドグラス（バイエルンの窓）
2007年 Gothic Pixels(リヒターの窓)
06.ランス大聖堂フランス・ランス
( Cathédrale Notre-Dame de Reims )
歴代フランス国王の戴冠式が行われた、非常に格式が高いゴシック建築の傑作。13世紀のステンドグラスは、特にバラ窓が傑作として有名で、荘厳そのもの。戦災後にはマルク・シャガールによる青色を基調とした新作ステンドグラスも加わった。正式名称は、「ランスのノートル＝ダム大聖堂」
近年では現代ミニマリスト作家のイミ・クノーベルがデザインしたステンドグラスも入れられ、中世と現代が響き合うその空間は、歴史の重みと芸術の自由さを同時に感じさせてくれる。世界遺産。
1974年 マルク・シャガール作
07.レオン大聖堂スペイン・レオン
( Catedral de León )
スペイン随一の“光の大聖堂”。13世紀の建築ながら、フランス・ゴシックの純粋な流れを色濃く残し、壁の面積を極限まで減らすことにより1800㎡を超えるステンドグラスが入れられている。スペインのサント・シャペルと称されることも。
中世に作られ奇跡的に破壊をまぬがれたステンドグラスは圧巻で、太陽の角度によって内部の色彩が刻々と変化する。スペイン・ゴシックの頂点にして、光と信仰の融合を示す聖なる空間。
08.カンタベリー大聖堂イギリス・カンタベリー
( Canterbury Cathedral )
イギリス国教会の「総本山」。イギリス国教会（聖公会）の最高位聖職者であるカンタベリー大主教の座所（大司教座）であり、精神的な中心地。ここにある豊富な12～13世紀のステンドグラスには聖トマス・ベケットの殉教伝説が描かれ、英国宗教史そのものを映している。
色彩は穏やかで精神的、保存状態も良好。12世紀のステンドグラスは世界最古級とも言え、最近の研究では11世紀のガラスも発見されている。英国ゴシックの「原点」であり精神性と静謐さを象徴する建築。世界遺産。
09.トロワ大聖堂フランス・トロワ
( Cathédrale Saint-Pierre-et-Saint-Paul de Troyes )
“ステンドグラスの都”と呼ばれるシャンパーニュ地方、トロワの中心に立つ、知る人ぞ知るステンドグラスの宝庫。正式名称は、「トロワの聖ピエール＝聖ポール大聖堂（聖ペトロ＝聖パウロ大聖堂）」。
13〜16世紀にわたって制作された窓群は色彩の豊かさと細密な描写が特徴で、まるでガラス芸術の博物館のよう。1120年作と言われる最古級ゴシックからルネサンスの影響を受けた写実的なものまで、約400年間にわたるステンドグラスの様式や技術の移り変わりを、この一つの大聖堂で追うことができる。トロワは、大聖堂だけでなく市内の複数の場所にも素晴らしいステンドグラスを持つ教会が点在している。
10.ル・マン大聖堂フランス・ル・マン
( Cathédrale Saint-Julien du Mans )
ステンドグラスの黎明期、フランス初期ゴシックの重要作。12世紀後半のステンドグラスが多く残り、ゴシックとロマネスクの融合が魅力でもある。正式名称は、「ル・マンの聖ジュリアン大聖堂」。2023年にはフランスで最も美しい大聖堂に選ばれている。
数あるステンドグラスの中で、特に1120年頃に作られたとされ「昇天」と呼ばれるステンドグラスが有名で、最古級で保存状態も良好な逸品として知られている。観光地としては静かだが、専門家の間では“原ガラス保存率の高さ”で知られる名所。
おわりに
500年以上前にもかかわらず、ゴシック期の建築物・ステンドグラスは、かなりの量が残っている。これでも、戦火や宗教弾圧を免れて残った一部だけというのだから、いかに当時がステンドグラスの黄金時代だったかが分かる。ちなみに、ノートルダムの鐘で有名でちょっと前の火事でも騒がれたパリのノートルダム大聖堂は、世界的知名度はNo.1だと思われるが、当時のまま残っているステンドグラスがごく僅かなため、選外となっている。
ここに挙げた以外にも、ミラノ大聖堂やアウクスブルク大聖堂、アミアン大聖堂など、秀逸なステンドグラス建築が数多くある。きりがないので今回は10に絞ったが、また機会があれば他のステンドグラスも紹介したいと思う。
なお、ゴシック期以降、ステンドグラスは徐々に衰退していき、その技法と職人の技は18世紀にはほぼ完全に失われたと言われている。主な理由は以下。
絵画が遠近法や写実主義を伴って発展し、平面的なステンドグラスは脇役に。
宗教改革で誕生したプロテスタントが偶像崇拝を禁止しており、新たに作られないばかりか、多くのステンドグラスが取り壊された
エナメル焼き付け技法が、リアルな描写と引き換えに光を透過するガラスの美しさを否定した。
こうしてステンドグラスの黄金期は終わり、長い冬の時代を迎えた。近代になってまた別の形でステンドグラスにスポットライトが当たるようになるが、その話はまた別の機会にでもできたらと思う。
