10年刻みで見る日本のステンドグラス文化とその系譜【明治から令和まで】

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旧古河庭園にて

「あっ...」


思わず心の中で声が漏れた。2つの意味で驚いたからである。

旧古河庭園の書庫でステンドグラスを見たときの話だ。


一つは、以前に本で見たことがある、明治時代に撮られた貴重な写真、宇野澤ステンド硝子工場内の作業風景の写真。そこに写っている孔雀のステンドグラスと同じステンドグラスだ! という意味。


もう一つは、シンプルに綺麗だったから。質素であり凛としていて綺麗。ロンデルを上手く使った意匠、ガラスの質・使い方、欄間という絶好の位置に入れられたステンドグラスは、木漏れ日を背にして光り輝いていた。それはもう、ここ数年で見たステンドグラスでNo.1と思えるほどに。


東京都北区にある旧古河庭園という場所には、メインの洋館以外に書庫として小さな建物が建っている。その明治時代に作られた建物には、明治時代に作られたステンドグラスが数枚入れられていた。 ただ、一般に公開されておらず容易に目にすることはできない。この時は、運良く人づてで入ることが許され、目にすることができた。


日本人が日本人の感性で作った最初期のステンドグラス。その実物を目にしたことをきっかけに、これが作られた時代から現代への変遷を追ってみたいと思う。


なお、ここで語られるのは主に建築物に入るステンドグラスの話であり、ステンドグラスの小物やティファニーランプなどには主眼を置いていない。

年表

1880
年代

東京職工学校(現東京工業大学)の生徒である山本辰雄(19才)が、国会議事堂の建造に係わるステンドグラス・エッチングを学ぶ留学生として選抜され、ドイツへ渡る(1886)。

ココモ・オパレッセント・グラス社が、がアメリカでガラス製造を開始(1888)。

 

伊藤博文が初代内閣総理大臣に就任(1885)。

ガソリン自動車が発明される(1886)。

パリ万博開催。エッフェル塔が建設される。(1889)。

 

 

1890
年代

山本辰雄(のちの宇野澤辰雄)がドイツ留学から帰国(1890)。

日本初のステンドグラス工房、「宇野澤ステンド硝子工場」が設立される(1892)。

初の日本製ステンドグラスが、東京府庁舎へ入れられる(1894)。

 

日清戦争、開戦(1894)。

第1回近代オリンピック開催(1896)。

 

 

1900
年代

小川三知が渡米(1900)。

一時期休業していた宇野澤ステンド硝子工場が再開される(1906)。

戦争などによる景気の波に翻弄されながらも、この頃から本格的に日本でのステンドグラス制作がはじまる

アメリカでポール・ウィズマーク社がガラス製造を開始(1904)。

フランク・ロイド・ライトが最も精力的にステンドグラスを作っていたのがこの時代。

 

日露戦争、開戦(1904)。

ライト兄弟が人類初の動力飛行に成功(1903)。

 

 

1910
年代

小川三知がアメリカ留学から帰国(1910)。ステンドグラス制作を開始。

宇野澤ステンド硝子工場から派生・独立した工房が各地でステンドグラス制作を盛んに行う(別府ステンド硝子製作所、玲光社、他)。

 

元号が大正に(1912)

第一次世界大戦がはじまる(1914)。

 

 

1920
年代

各地で工房が増え、ステンドグラスが隆盛を極めていた時代

小川三知、死去(1928)。夫人の生代と甥の小川三樹が後を継ぐ。

千代田ステンドグラス製作所(後の大竹ステンドグラス)が創立される(1928)。

 

関東大震災(1923)。

元号が昭和に(1926)。

世界恐慌(1929)。

 

 

1930
年代

膨大な量の日本製ステンドグラスが入った国会議事堂が完成(1936)。ステンドグラスの技術が日本に伝わった根本の理由である国会議事堂の完成により、歴史的に一区切りがつく。

ステンドグラスは職人により制作され続けるが、次第に贅沢品扱いされ少なくなっていった。そして、小川三知の後継者と呼べるような作家が現れることはなかった。

ランバーツ社(GlashutteLamberts)にて手吹きの板ガラス製造が始まる(1934)。

 

満州事変(1931)。

第2次世界大戦勃発(1939)。

 

 

1940
年代

戦争の時代。ガラスと鉛で出来ているステンドグラスは、鉄砲玉の材料にならないように隠されたりもした。空襲で消失してしまった工房もあり、時代的にステンドグラスどころではなかったのかもしれない。

松本ステインドグラス製作所、開業(1948)。

 

太平洋戦争勃発 真珠湾攻撃(1941)。

東京大空襲、広島・長崎に原爆投下、太平洋戦争終結(1945)。

GHQによる財閥解体指令(1945)。

 

 

1950
年代

GHQの占領統治から抜け、戦後の傷跡が徐々に癒えていった時代。この時代の半ばには戦前と同じレベルまで回復。

テレビ・冷蔵庫・洗濯機が三種の神器とよばれ国民の間に普及していくが、後世に語られるようなステンドグラスが制作された形跡はなし。

ステンドグラスの制作は、宇野澤系列・小川三知の流れを汲むごく限られた職人だけが制作するものとして、ひっそりと行われる。

 

サンフランシスコ平和条約締結(1952)

東京タワー完成(1958)

 

 

1960
年代

この時代のキーワードは「高度経済成長」、「学生運動」など。

この頃の資本主義社会にとってステンドグラスのような装飾は扱い辛いものだった様で、特筆すべき作品は特になし。

科学技術の進歩が追い風となってアメリカでスタジオグラス・ムーブメントが起こり、個人の作家が自由に作品を作るようになってくる。

ドイツでは第二次世界大戦で破壊された教会などに、今までにない斬新なスタイルのステンドグラスが多く入れられた。この頃のシャフラットシュライターなどのスタイルが、後の日本にも影響を及ぼす。

 

カラーテレビの本放送開始(1960)

東京オリンピック開催(1964)

週刊少年ジャンプが創刊される(1968)

 

 

1970
年代

日航ジャンボが就航(1970)。大量輸送時代となり、海外へ出ていく日本人が大幅に増えた。それにより、海外でステンドグラスを学んで日本で制作をする者が大量に現れる

爆発的にステンドグラス制作工房が誕生(40~50ほど)。一般人向けのステンドグラス制作ワークショップや教室が行われ始める。

アメリカで立て続けにアートガラスメーカーが設立される - ウロボロス(1973)、ブルズアイ(1974)、スペクトラム(1976)、ヤカゲニー(1976)。

 

大阪万博(1970)

沖縄県発足(1972)

 

 

1980
年代

東京ガラス工芸研究所、ステンドグラスアートスクール・プロ養成所が設立される(1981)。

240~250社ほどの工房が新たに誕生。建築のステンドグラス制作以外にランプや小物の制作、ステンドグラス教室業などが盛んになり、産業としての規模が一気に拡大する

バブル景気がはじまる

 

プラザ合意(1985)。

チェルノブイリ原子力発電所事故(1986)。

ベルリンの壁が崩壊(1989)。

元号が平成に(1989)。

 

 

1990
年代

バブルが崩壊し、ステンドグラスの仕事が緩やかに減り始めた時代。

一方で、インターネットが普及しはじめ、仕事の仕方が変わり始めた時代でもある。

富山市立富山ガラス造形研究所が設立される(1991)。

 

ソビエト連邦の崩壊(1995)。

Windows 95(1995)。

Googleがサービスを開始(1999)

 

 

2000
年代

バブル崩壊後、日本経済の停滞は続き、この頃までに「失われた20年」などとも呼ばれた。

ネットの普及により、ネットを最大限に活用した工房も増えてくる。

ステンドグラスアートスクール・プロ養成所が廃校となる(2009)。

 

アメリカ同時多発テロ事件発生(2001)

日本の自殺者数が過去最高を記録する(2003)

Facebook(2004)、YouTube(2005)、Twitter(2006)がサービスを開始

iPhone販売開始(2006)

リーマンショック(2008)

 

 

2010
年代

第10回公募ステンドグラス美術展開催(2013)。これ以降、2021年現在まで全国規模のステンドグラス公募展は開催されず。

駅などの公共の場で、今まで以上に盛んにステンドグラスが入れられるようになる。一方で、個人邸へのステンドグラスの需要が増えるような要因は特に見られない。

ここ数十年は1970~1980年代に起きた工房・会社が業界のシェアの大部分を占めてはいたが、高齢化が進み、廃業or世代交代が始まる兆しが見えはじめる。

ネットの浸透とスマートフォンの爆発的普及により、今までと違うアプローチが行われるようになる。

 

東日本大震災(2011)

円相場が1ドル=75円の戦後最高値を記録(2011)。

ネットの広告費がテレビを超える(2019)

元号が令和に(2019)。

 

 

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東京土木建築総覧 : 横浜ヲ含ム. 大正13年度版


日本のステンドグラスに系譜はあるのか

大正~昭和初期の頃には盛んにステンドグラスが作られ、今でも逸品として紹介されるものが少なくない。 だが、戦争の時代を経て高度経済成長期においてはそれらが受け継がれたような形跡はあまりなく、 その後の現代までに、系譜 - 系統だった歴史の流れは殆ど感じられない。


ステンドグラスを制作するのには特殊な技術が必要だが、その魅力に技術や技法は関係なく、意匠・デザインとガラスが全てである。 だが、日本のステンドグラス史には、職人による技術の系譜はあるのだが、意匠の系譜がみられない。


受注制作が主で、美術や工芸でありながら建築物の一部であり、予算や施主の趣向に従う必要がある点などの特殊な条件が加わるため、 そうなってしまったのは仕方のないことかもしれない。


また、昔のステンドグラスは、既に人が住んでいない場所のものが殆どであり、公の目に晒されている。 一方で、昔とは比べ物にならないくらい無数にある現代のステンドグラスは、公共の場のものを除けば殆どが人目に晒されない。それゆえ、そもそも認識することができず、系譜を追うことは難しい。


結論:特筆すべき系譜は特になし。


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「楽園」東京メトロ銀座駅 原作:平山郁夫


昔と今の違い

系譜はないが、旧古河庭園で見た明治のステンドグラスと、それから100年以上が経った現代のステンドグラスに違いはある。その間にあるものは何か。


明治時代、日本でステンドグラスを制作する人は、せいぜい数十人程度だった。貴重な色ガラスを使って丁寧に作られ、浮世絵などに起因するであろう日本独自の平面的なデザインがステンドグラスと相性が良かった。また、デザインやガラスに選択肢が少ないのが、今見ると潔さを感じ、当時のステンドグラスを洗練された感じに見せている、というのはあるだろう。


現代では、職人や作家だけでなく趣味の方も合わせれば、数千人が日常的にステンドグラスを制作している。ガラスの種類も増え、デザインと共に選択肢が多くなった結果、纏まりを欠くことが多くなり、全体感が出にくくなったというのは考えられる。情報過多で何でもアリの結果、玉石混交となり、それが作品の純度を薄めてしまっている感は否めない。


その結果、昔のステンドグラスの方が分かり易く、入っている建物の雰囲気も相まって、現代のものより良く見えるのではないだろうか。

これから

そして、この先日本のステンドグラス文化はどう発展的に進んでいくのか。


明治時代に宇野澤ステンド硝子工場という一つの建築ステンドグラス専門工房から始まった日本のステンドグラス業界は、現代では産業として巨大化・多様化している。


大手のステンドグラス制作会社 - 社会的には中小企業であり、苦労の割りに恵まれないこの業界での会社経営は厳しいものであろう。会社の売り上げを立てて会社を存続させる・従業員を食わすことが最優先となり、そこからステンドグラスを発展させるような、今までにない新しい何か、が生まれてくる気配は感じられない。


小規模の工房やステンドグラス教室 - 教室の生徒に教えるので自尊心と財布が満たされてしまい、向上心を持てない上にブランド力も上がらないパターンが多そうだ。ただ、初学者にとって工房の働き口や専門的な学校がほぼなく、受け口がここになるので、金の卵が生まれるとしたら、ここからになる。


個人の作家・アーティスト - 作品を作ることだけでやっていくのは困難を極めるが、「個の時代」がこれから更に進むであろうことを考えると、ここが本命。というか、弱気な言い方をすれば、消去法でここしかないとも言えるが...。


今の時代はプラットフォームが揃っていて、情報発信にコストが掛からない。コンセプトを明確にし、それを作品だけでなく付随するすべてのものを使って具体的に表現する。付加価値 - 高い芸術性・デザイン性、独自の企画力や希少性によって、今までにないニーズを発掘。その先に、ステンドグラス文化の未来があると思いたい。


50年後、100年後に振り返ったときに、今の時代はどう語られるのだろうか。1950年代や1960年代のように、「特に何もなかった」では、つまらない。




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