はじめに
「夢を持ってはだめ」
私が初めてステンドグラスを作ったのは、東京の都心にある、とある個人の方の工房であった。その頃、色々あって急にステンドグラスというものに強い興味を持ち、当時荻窪に住んでいた私はネットで近くのステンドグラス教室を探して、体験教室に行ったのであった。
そこで、3時間くらい掛けて、カット済みのガラスにカッパーテープを巻き、ハンダ付けをして、真ん中がミラーになっているステンドグラスの小物を作ったのだった。
そんなことをしながら、その工房の主宰者の方との会話の中で言われたのが冒頭の言葉だ。60代ぐらいの女性で、業界歴は30年以上のベテランの方であった。
当時の自分は、まだ全くステンドをやったことも無ければ知りもしない状態ながら、「これって仕事にできないかな?」と、おぼろげながら思っていた。そんな状態で言われたこの言葉に、ハンマーで強打されたような強い衝撃を受けたのを良く覚えている。今思えば、別に大した言葉じゃないし、おばさんの言うことなんて真に受ける必要がなかったのだけれど、少し心がへばっていた当時の私は、何故かその言葉にとてつもない負の衝撃を受けてしまった。それはもう、家に帰った後に頭をかかえながらソファーに倒れ込み、立ち上がれないほどの。
発言の意図としては、ステンドグラスなんてお金にならないし働き口も殆ど無いし周りからも認められないから、夢を持って目指しても傷付くだけだよ、だから夢なんか持っちゃだめだよ、というものだったように思う。
その発言は、親切心や、現状を伝える為、彼女なりに良かれと思っての発言かもしれない。だが、自分ができなかったからといって、これから新しいことを始めようとしている何も知らない素人に言う言葉としては、どうかと思う。最初からマイナスのイメージを持たせるのは良くないことだし、もっと言い方があるだろうに。そんなことを言うより、素直に応援してあげれば良いではないか。
あれから2年、色々あったが、一応仕事としてステンドグラスで生活できるようになったので、そうなるための方法や道筋を、備忘録も兼ねてここに残しておこうかと思う。
前提として、特に以下のような方を想定して書いている。
- 将来的にステンドグラスで生計を立てられればと思っている。
- ステンドグラスの工房や会社へアプローチする方法が知りたい。
- 趣味として教室で習っているが、本格的に修業がしたい。
- ガラス関係の仕事に興味がある。
- ステンドグラスの仕事をしてはいるが、今の職場に不満がある。
- ステンドグラスを極めたい。
年齢は、若いほど良いと言えば良い。特に組織に属そうとした場合、若者が好まれる。ただ、年を取っていてもステンドに活かせる何らかの経験があれば、決してマイナスにはならないだろう。
ステンドグラスに関わる職種
ステンドグラスに関わる仕事を大まかに分類してみる。
なお、本記事のタイトルを「職人になる方法」としているが、デザイナーや作家などそれ以外のステンドグラスに関係する職種でもOKである。
職人 - artisan
熟練した技術によってステンドグラスを極めんとする人。マイスター。
建築用のケイム組みパネルを主とし、最終的な仕上がりの良さはもちろんのこと、ガラスカットの正確さや、ハンダの綺麗さにこだわりを持っている。また、作るのが早い。
ただ、職人の中にも大きな差があり、とにかく丁寧でこだわりぬく人や、早いだけで仕事が雑な人など様々な種類の職人がいる。
大きなステンドパネルを持ったり施工を行うこともあるため、腕力がある程度必要。また、身長もあったほうが有利。そのため、職人をしている女性もいるにはいるが、きちんとした力量を持った人は皆無である。
作家 - artist
作品としてのステンドグラス作りに興味があり、それを行っている人。画家や彫刻家と同じような人種。
本格的な作家は専業で職業として成り立っているが、大部分はそれで生活しているわけではない。従って、単に数で言うと、圧倒的に女性が多い。
多くの場合、教室を開いたり受け持っており、そこでの生徒からの月謝、道具や部材の販売益が殆どの収入源になっている。作品自体を売って生計を立てている人は、日本ではおそらくゼロ。
デザイナー - designer
ステンドのデザインを行う人。
なぜかあまりスポットライトが当たらないが、実は最も重要で、ステンドの価値を9割方決めてしまう非常に大事な仕事。
しかし実際には、あまり考えず、適当にデザインする人が結構多い気がする。
これだけを専門で行う人は、職人とデザイナーが別れているようなある程度大きな組織に属している場合が殆どであり、かなりの希少種。
営業 - sales
ステンドを経済活動に結び付けるために必要な職種。一般的には、建築会社やハウスメーカーを回って営業活動を行ったりする。他の仕事の営業と同じで、ある程度適性が必要である。
これだけを専門で行う人は、ある程度大きな組織に属している場合が殆どであり、かなりの希少種。
経営者 - manager
ステンドグラスをビジネスと捉えて、会社や工房を経営している人。いわゆる社長。
個人で活動している職人や作家も、独立してやっていく上では経営者的な側面が必ずある。
ステンドグラスの制作がまったく出来ない経営者もいるが、割合的には少数派。多くは、ステンドグラス職人/作家が会社を興して、そのまま社長になっているケースが多い。
ちなみに自分は、今のところ世の中的には「職人」やに分類される。ただ、「職人」という言葉があまり好きではないので、自分ではそうは思っていない。上を目指そうと思えば上記の全ての要素が必要なので、今は全てを目指しているが、許されれば「デザイナー」だけやっていたい、という気持ちも、ほんの少しだけある。
業界の構造
上の図は、ステンドグラス制作会社・工房を中心とした、業界の関係図である。
ステンドグラス制作工房の大規模のところは、建設会社やハウスメーカーと太いパイプがあり、ある程度計算できる量の仕事が確保されている。その為、従業員も多く、比較的安定している。
一方で、小規模な制作会社や個人工房は、一般の顧客から直に仕事を受けることが多く、あまり安定していない。波があるのだ。そこで、小規模な工房は大規模工房の下請けを行うことも多々ある。中には、下請け専門の工房もあるくらい。
また、一般の方を相手にしたステンドグラス教室も、工房の大きな収入源だ。ただ、教室は、大規模な工房や昔からある由緒ある工房は開いていないところが多い。逆に小規模工房・個人工房は、殆どのところが教室を開いている。そうしなければ、どうにもこうにも安定感を欠いてしまうのだ。
小規模な工房にすれば、定期的にある程度まとまった額を売り上げられて利益率も高い教室は、とても大きな収入源なのである。
現場のリアル
ステンドグラス自体は、メインの技法を覚えるだけであれば、数ヶ月で可能だ。もう少し視野を広げて、サンドブラストやダル・ド・ヴェール、キルンワーク(フュージング、絵付け)などとなると、もう少し時間が掛かる。
ともあれ、技術を覚えること自体はそんなに難しくはない。仕事でやっていれば自然に覚わるし、スピードも上がってくる。本質的には、そんなことよりも、センスや発想、デザイン能力の方がずっと大事である。ただ、その辺りの事を現場で聞くことはあまりない。実際には、ある程度のクオリティのものを早い時間で制作できることが、最も評価されるように思える。特に大人数での仕事になると、確実にスピードを求められる。
実際に働いている人を見ると、理想に燃えて野心を持っている人は、感覚的に10人に1人もいない。多くの人は、何かきっかけがあってステンドの仕事をはじめ、そのまま何となく働いている人や、家族のために働いている人たちだ。要するに惰性である。どうしてもステンドがやりたくて、やりたくてやっている人は、案外少ないのだ(自分の知っている範囲だけかもしれないが・・)。最初は情熱をもっていたとしても、同じ環境で長い年月を過ごすと、はじめの状態を維持するのは難しい。特にこの斜陽産業と言っても良い業界においては。
また、あまり語られるいことはないが、ステンドグラスの制作現場は、ガラスによるケガ、ハンダの煙やフラックス、鉛の毒性、粉塵などという体に悪い要因や物質がある。これらを過度に気にする方には、この仕事は難しいかもしれない。
働けそうな場所
ネットで確認する限り、表立って求人をしているのは1社あるかないか。
つまり、求人が無い会社に対して自分から積極的にアプローチする必要がある。
今現在、小規模の個人工房も合わせれば、日本にはおおよそ1000以上のステンドグラス工房・会社があると推測される。その中で、正社員だけでなくアルバイト・パートも含めて人を雇う余地のあるところは、これも推測だが、10~20工房ぐらいだと思われる。更にその中で、フルタイムで一人暮らしできるぐらいの月収を望めるのは、多くても5工房ぐらいではないだろうか。全て憶測だが。
こう書くと、かなり狭き門に見えてしまうが、前述のように、本当にステンドがやりたくてその仕事をしている人が全てではないため、活路は十分ある。乱暴に言うと、今働いている人よりも能力がある・会社にとって役立つことを示せたら勝機はあるのだ。それができれば、まともな経営者であれば、既存の人間を首にしてでも雇いたくなると思う。
具体的なアプローチ方法
全くの素人の状態でのスタートは、あまりお勧めできない。
(まあ、現在実際に職人・作家をやられている方の多くが、全くの素人から工房に入ったというパターンだったりするのだが。。)
ただ、ステンドグラスは全くの素人の方でも、美術系の学校を出ていたり何らかのステンドに役立つ素地があれば、これからお伝えするアプローチ方法をとっても良いと思う。
いずれにせよ、先ずは教室に通うなり独学なりで、ステンドグラスがどんなものかを一通り体験されることをお勧めしたい。やってみて初めて分かることも多々あるし、想像が及ばないところも多分にあると思うので。
教室に行く場合は、出来るだけきちんと習える所が良い。例えば、職人としての道を進みたいのに、カッパーで小物ばかり作っていても仕方がなく、しっかり建築用のケイム組みパネルが組める、実績のある講師をみつける必要がある。目安として、小規模で女性が主宰しているところではなく、しっかりとした男性の先生が居るところをオススメしたい。とにかく、教室の先生は資格も不要で誰にでも成れるため、当たり外れがとても大きいのだ。大きな工房でしっかり修行して独立した先生と、教室で少し習っただけで先生を名乗っている人とでは、雲泥の差がある。とにかく、しっかりとした信用できる先生を見つけた方が良い。
ちなみに、独学はかなり非効率なので、あまりオススメできない。
さて、本題の、具体的なアプローチ方法について。
ここでは、どこかのステンドグラス制作会社・工房に入ることをゴールとする。前提条件は、ステンドグラスを仕事としたいという強い思いがあり、心身共に健康であること。
なお、日本は、ステンドグラスに限らず多くの会社が関東に集中しているので、主に関東で働く場合を想定して書いている。地方の場合でも応用は効くが、そもそもステンドの工房自体が少ないので、別のアプローチ方法の方が良いかもしれない。
1.ステンドグラス制作会社・工房をリストアップする。
工房や制作会社でない材料の問屋さんなどでも、実は制作を行っていたりするので、ステンドグラスに関係する工房・会社は全てリストアップしてみる。
最低でも20以上はリストアップすること。
2.自分なりの条件を元に、志望順位を付ける。
条件例: 都心に近い、HPの雰囲気、そこの工房の作品の良し悪し、など
3.実際にアプローチする。
メールや電話で「働きたい」と言っても直ぐに断られる場合が殆ど。よって、できれば、先ずその工房へ直接行き、話をした方が良い。メールや電話で断られた後だとちょっと訪問し辛いので、先に訪問してしまった方が良い。
初めは働きたいという意思を見せずに見学か何かの体で訪問し、そこから話を広げて、働きたい旨を伝えるのが効果的。
訪問の際は、本気度を見せる為に、履歴書や職務経歴書、自己アピール資料を持って行くのが望ましい。
相手も、電話やメールでは断り易いが、会いに来られると断り辛いことが多い。ちなみに、直接来る人間なんてのは殆どいない。大抵の場合は話を聞いてくれるだろう。ここで、いかにこちらの本気度を見せられるかがミソ。
なお、昔から続いている世の中的に有名な工房は、世襲制だったり親族経営だったりが多いので、ほぼまったく相手にしてもらえない。0ではないが、可能性はかなり低いと思った方が良い。
狙い目は、大手ハウスメーカーのステンドを一括で受注しているような、ある程度の規模のステンド制作会社である。人員が多いので欠員も定期的にあることが多く、長期的に攻めれば更に入り込める可能性は上がると思われる。
要は、今そこで働いている人たちより優秀に映れば良い訳なので、あの手この手でアピールして何とか振り向いてもらおう。
4.あらゆる方法でアピールして、何とか働かせてもらう。
電話でもメールでも直接訪問でも、相手がちょっとでも雇ってくれそうだったら、とにかく何とかもぐり込むこと。はっきり言って、手段は選ばなくても良い。選んでる場合じゃない。
どうしてもだめなら、連絡先を渡して、空きが出たら連絡下さいと言おう。
5.定期的に連絡する。
もしこの時点で駄目でも、20社以上の工房にアプローチができていれば、恐らく半年以内ぐらいには、どこかの工房に欠員が出たり、人の動きがあったりすると予想できる。
その間、連絡を待ちつつステンドの腕を磨くのも良いが、できれば数か月毎に連絡を入れるとより効果的だと思われる。はっきり言って、そこまでしつこく頑張れる奴なんてほぼいない。誰かが手を差し伸べてくれるはずだ。
6.万策尽きたら。
あやゆる方法を試してもどうにもこうにも駄目な場合はどうしたら良いか。
いや、万策尽きたと思っていても、多くの場合は、まだやれることが残っているはずである。
些細なことでも良いので、やれることを30個挙げてみよう。例えば以下のようなことである。
・ステンドグラス関係のブログを書いている人に相談してみる。
・公共の場所にある気に入ったステンドグラスの作者を突き止め、連絡を取ってみる。
・電話帳を見て片っ端から電話する。
・北海道から沖縄までくまなく探す。
・海外の工房にもアプローチを試みる
・ステンドグラス用品のお店で聞いてみる。
・作品展などで作家さんに声をかける。
・facebookやtwitterを使って探してみる
とにかく30個列挙しよう。些細なことで良いので。この場合は数が大事である。そして、30個すべてを実行に移そう。
若干、行動力が求められるが、何とか頑張ってみよう。これらができれば、9割方決められると思う。
あとは、全く別の手段として、一部の工房が行っている有料での研修を受けるのも手かもしれない。年間100万程度~250万程度掛かるのでお金に余裕があれば、の話ではあるが。研修が終われば、どこか就職先・修業先を紹介してくれる気がする。
...と、ざっと書いたが、上で挙げたようなアプローチができない人もいるだろう。ただ、頭で色々と考えて過ぎて悩むことの鈍臭さと、実際に行動に移してしまうことの底知れない威力。それだけは是非お伝えしておきたい。
おわりに
個別にステンドグラス工房を回ってアプローチしている人間は、殆どいない。そのため、実際に行くと、結構驚かれたり喜ばれたりするし、丁寧に話を聞いてくれる。その際、相手と会話できるぐらいの経験と知識量があればなお良く、大きく印象を残すことができるだろう。ただの全くの素人だと、相手も込み入った話はしてくれないし、しようがない。これはかなり重要なポイントである。
数年前までは、渋谷にステンドグラスアートスクールという専門学校があり、そこから一定数が工房へ就職できるラインがあったようだ。しかし、今は学校がなくなってしまっており、ステンドグラス制作者への道はより狭き門になっていると思う。
「ステンドグラスを仕事にしたい」と周りの人に相談しても、勝手な決めつけや想像でモノを言う人があまりにも多いだろう。だが、それを真に受けて可能性を閉ざす無かれ。未来は皆に平等に広がっている。同調圧力のワナに多くの人がハマっているこの世の中ではあるが、せっかくステンドグラスというものに興味をもったあなたには、これをきっかけとして、多少の時間を掛けてでも、自身の中でその辺りを良く整理してみて欲しい。
本記事に、ステンドグラス職へ就くことの、なんらか手掛かりやヒントはあると思う。たとえ断片的にでも、お役に立てれば幸いである。
- 注釈
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本記事は、他所で書いたものを、2018年にこのサイトへ移動したものである。そのため、記事内容の加筆修正や、コメントの名称等に若干の変更が入っている。
はじめまして、加藤と申します。僕は、ステンドグラスに興味があるので、kyukonさんのブログをよく、拝見しています。更新をいつも楽しみにしています。
僕自身も4月から東京でステンドグラスを習おうと考えております。先生に当たりはずれがあるということなので、教室選びに不安があります。どこか良い先生がいる工房、教室を知っていたら教えて頂けないでしょうか?