伊豆ステンドグラス巡り

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年末から年始に掛けて、伊豆・箱根方面へ旅行に行った。

ついでにステンドグラスがある場所を何か所か回ったので所感を。


起雲閣

先ず最初はこちら。


今から丁度100年前に建てられ、その後増改築を繰り返したこの建物は、旧内田信也・根津嘉一郎別邸、旅館・起雲閣として知られている。


和館と洋館に分かれており、和館は創建時に内田信也が、ステンドグラスが入っている洋館は根津嘉一郎が後から増築している。1947年(昭和22年)からは旅館経営者の桜井兵五郎により起雲閣として旅館営業をしていたが、今は市の観光施設として一般公開されている。


かつては「熱海の三大別荘」として、ここ起雲閣と陽和洞(岩崎別荘)、住友別荘が知られていたが、今日現存し、公開されているのはここ起雲閣のみであるようだ。


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ここのステンドが良いのは前から知っていて、是非行きたいと思っていた。それが今回、やっと実現。


建物全体が、庭をぐるりと囲むように立っており、幾つかの部屋に分かれている。



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それぞれの部屋には名前があり、こちらは「玉姫」のステンドグラス。


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抽象化された草花のような柄が繰り返されている。アールデコ様式と紹介されていたが、アールヌーボーっぽくもある。


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天井もステンドグラスでびっしり。


玉姫のメインルームは柵があり立入禁止になっていた。上のステンドがあるのは、サンルームと呼ばれている場所のもの。


それにしても圧巻である。


同じ柄を何十も繰り返すことにより生まれる、静かなる主張。制作のし辛さなど何処吹く風と言わんばかりの、チャレンジングなガラスの形状。統一感のあるガラス使い。粗密のバランスや細かい箇所にも神経が行き届いた意匠。それが上手く建物に馴染んでいる。


今これだけのステンドグラスを入れようとしたら、数千万は掛かる。そんな人はいないだろうし、それだけのステンドが合う建物も現存しないし、新しく作られることもないだろう。


余裕も、遊び心も、作り手のセンスも失われた今日においては、ただ昔を羨ましがりながら指をくわえて見ているしかないのか。そんな気分になってくる。



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続いては、玉姫に隣接する「玉渓」のステンドグラス


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玉姫のステンドと同様に、切子のガラスが使われている。気付くか気付かないかくらいに控えめなのが良い。



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玉姫・玉渓とは離れた場所にある、「金剛」。そこの間仕切りに使われているステンドグラス。このパネルは、左右に同じものが2枚ある。


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このステンドも良い。中々手が込んでいる。線もガラスも綺麗でまとまりが良く、建物に良く調和している。


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そしてもう2枚は、部屋と通路との間に。何やら中華風のテイスト。これも逸品。


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光が強い側から見ると、表面のハンダの様子が良く分かる。柔らかいケイムの上に、薄めに盛られた全面ハンダ。



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金剛に面した、ローマ風浴室のステンドグラス


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これもかなり凝った作り。


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浴室の窓にステンドグラスが使われるのは非常に珍しく、実物を目にしたのは初めてかもしれない。それも、上げ下げ窓になっている。ケイムには特殊なペンキの様なものが塗られていたが、当時からだろうか。


それにしても凝った意匠だこと。玉姫のサンルームと同じようなガラスが使われており、デザインにも微かに類似点が見られる。同一人物のデザインではないだろうか。帯に使われている唐草模様のような何とも言えない独特な模様、縦横の格子に重ねた細かな意匠など、強いオリジナリティーが感じられる。



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こちらは、カフェの天井にあるステンドグラス。店員さんに聞いたところ、当時のもの・・・と言っていたが、一体いつの時代のものだろうか。時間がなく、扉の外からしか見られなかったのが残念。ただ、写真を見る限りこれはおそらく本物のステンドグラスではなく、ステンドグラス風の装飾だろう。ケイムの太さが一定ではないし、ガラスの形も無理がある。


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和館の方にある当時の透明ガラス。吹きガラスの技法で作られた当時のガラスは、とても趣がある。


客室の方には、その昔、太宰治、志賀直哉、谷崎潤一郎などの文豪が足しげく訪れていたとのことだ。


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この起雲閣のステンドの制作者は、受付の方に聞いたところ、宇野澤系列の職人なのだそう。この洋館が作られた1930年頃には、宇野澤辰雄、小川三知は既に亡くなっていた。その意識を継ぐ無名の職人たちが総出で制作に携わったのだろうか。江の島にある岩本楼のステンドグラスが別府七郎により同時期に制作されているので、彼も関わっていたかもしれない。


そして肝心なステンドのデザイナーは、当然のことながら不明なのだが、・・・恐らくステンドグラス工房の職人や図面係ではなく、建物の設計側の人間ではないかと個人的には思っている。


洋館の設計は、清水組(現清水建設)の大友弘という方が行ったとのこと


大友弘は、旧渋沢家飛鳥山邸(青淵文庫晩香廬)を設計した、同じく清水組出身の田辺淳吉と親密な関係であったようなので、影響を受けていることは確実。大友弘自身がデザインした訳ではないと思うが、彼の周辺の人間がデザインしたのではないだろうか。青淵文庫のステンドとここのステンドは何となく通ずるものがあるので、もしかしたら同じデザイナーの手によるものかもしれない。少なくとも何らかの影響を受けている可能性は高いと思う(※青淵文庫はここのステンドが作られる5年程前に作られている)。



ニューヨークランプ&ティファニーミュージアム

え?マジか? まさかこんな所にティファニーの美術館があるとは...。


ここの存在は現地に行って初めて知ったのだが、それもその筈で、まだオープンして1年程しか経っていないとか。


日本でティファニーの本物が見られるところと言えば、名古屋から島根県の松江に移って2007年に閉館したティファニー美術館(堀内コレクション)が有名だったが、今現在まとまって見られるのは、日本にはもう他にはないと思っていた。


ちなみに、帰ってきて調べたところ、ここの展示物は堀内コレクションではない模様。係の方に聞いたが、個人の方から借りているとのこと。日本人で、他にコレクションしている人がいたということか・・・。


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Nasturtium ナスタチウム


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Red Dragonfly 赤い蜻蛉


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Pond Lily 睡蓮


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Fruit 果物


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Poppy 芥子



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Geometric pattern 幾何学模様


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Turtleback Dome 亀甲ガラスのドーム



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Angel 天使 - キャロライン・スコットをしのんで


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Oyster Bay オイスター・ベイの風景


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Christ Knocking at the Door 戸を叩くキリスト


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Snowball セイヨウテマリカンボク



初めて見た本物のティファニーランプは、とても美しかった。


ステンドグラスに関わる仕事をしていると、現代に作られたティファニー調のランプを目にする機会は多々ある。


ではそれらと一体何が違うのか?


ズバリ、使われているガラスとベースが違うのだ。全く違う!


シェードのデザイン自体が同じだとしても、ガラスとベースが違うだけでこんなにも出来上がりが違うものなのだなと、正直驚いた。


先ず、ガラスの深みやピース内での色の変化がまるで違う。ティファニー社が独自に作ったオリジナルガラスの、更にその中でも質の良いシートの質の良い部分を厳選しているのだろうと想像できる。


そうしてできたランプの中でも、更に出来が良いモノがここに集まっているのだろう。ティファニーのステンドと言っても、世界中に数千点はあると想像できるが、全てがこんなに良いとは思えない。


そして、青銅製のベース。これも、シェードに合ったものを一つ一つオリジナルで作っているのだ。それが、100年の時を経て、緑青(ろくしょう)味を帯びた風合いを伴っているのだから、それはもう敵わない。


あとは、地味ながら裏側からのライトの当て方も結構上手いと思う。光の当てる箇所、電球の数・強さ等々。


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Butterfly 蝶


思えば、私がステンドグラスを始めた当初は、写真で見た本物のティファニーランプに軽い衝撃を受け、こんなのが作ってみたいなと強く思ったものだ。ただ、仕事でケイムのパネルを多く作るようになりそちら方面に傾倒していき、そんな思いも消え去ってしまっていた。ここに来て本物を見て、またやってみたいなと思えたことだけでも大きな収穫だ。


ミュージアムの中をある程度見終わり外に出たところ、別館がありそこにも大量のティファニーが・・・。時間が無くてゆっくり見られなかったのが本当に残念だった。


ステンドグラスのランプをある程度本格的に制作している人であれば、ココは是非見に行った方が良いだろう。



伊豆高原ステンドグラス美術館

見るべき作品も幾つかあって良かったが、詳細を思い出せない。とても広くて迷子になりそうな美術館だったのが印象的だ。


個人的には、写真撮影ができないステンドグラスは、見に行っても意味がないくらいに思っている。良いものであれば血肉にしようと思うので、後から見返せないと辛い。教会などはその最たる例だ。


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レストランにあったステンド①


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London to Birminggham 1800年代 イギリス


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レストランにあったステンド②


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レストランにあったステンド③


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ここの美術館は、1800年代の英国製絵付けステンドグラスが大量に見られるのだが、その周辺の至る所に、オリジナルではないティファニーランプが飾られていた。本物には程遠い出来のレプリカが。


英国製アンティークステンドだけでは地味なので、それ以外のステンドでカバーしようとしているのだろうか。ステンドグラスであれば何でも良いと思える人なら良いが、自分の好みではなかった。


加えて、館内の至る所に、アンティーク以外の、現代日本で作られた何てことのない普通のステンドがハマっているし、ショップでは中国製とおぼしきランプが大量に売られているし・・・。展示のされ方が雑で品がないように思えた。


・・・ただ、チャペルでの生演奏と、中にあるイタリアンレストランでの食事はとても良かった。


所感

良いステンドグラスは富豪によってもたらされる。


起雲閣は、鉄道王として知られる根津嘉一郎によりステンドグラスがある洋館が建てられた。ステンドグラスだけでなく、過剰と言えなくもない室内の装飾は、予算なんて関係なく各分野の粋を凝らしたような出来映え。


ティファニーランプが作られたティファニースタジオは、アメリカ屈指の宝石商であるティファニー社の創業者の息子、ルイス・C・ティファニーによるもの。父からの支援を受け、潤沢な資金を基にして作品が作られたことが想像できる。


どちらも、極端に言えば、採算を度外視してクオリティーのみに注力した成果なのではないだろうか。


そんなことを強く思った。それが、100年近い時を超えてもなお称賛される作品の背景なのではないかと。


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ステンドグラスの良し悪しは何に影響を受けるのか。


デザイン、色・ガラスなのは言うまでもないが、ガラスピースの数・細かさも重要な指標だと思っている。この部分は、ステンドグラスの価格にダイレクトに影響を与える。ピース数が多い→手間が掛かる→予算オーバーで無理→そもそもピース数の多いデザインを提案できない・しない。


結果、良いステンドグラスが生まれず、ステンドグラス自体の価値が上がらない。そんな悪循環と言えなくもない事態が多く発生していると思っている。これを機に、その辺りを自分の中で良く咀嚼してみようと思う。



起雲閣では、ステンドパネルの意匠の大切さを、本物のティファニーランプからは、ガラスの質が如何に作品の出来に影響を与えるのかを再確認できた。


ただ、起雲閣、ティファニーミュージアム共に、時間がなさ過ぎてゆっくり見られなかったのが残念、共に1時間も居られなかった・・・。一人で来ていたら、それぞれ最低3時間くらいは見ていられるくらいの質と量があった。もしまた来られるようなら、その時はゆっくり見て回りたい。


他には、グラスマレライミュージアムという、シュライターシャフラットのステンドが見られる美術館と、箱根の彫刻の森美術館にあるステンドグラスの塔を見に行きたかった。だが、グラスマレライは作品の移動の為休止中、ステンドグラスの塔は時間の都合で行けなかった。とても残念。


そんな訳で、箱根・伊豆エリアには、こんなにも素晴らしいステンドグラス・スポットがある。それが知れて良かった。興味のある方は、是非一度訪れてみては如何だろうか。


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